義膝蓋骨について2

さらに1月27日に、直美さんよりメールを頂きました(有難うございました!)。「義膝蓋骨」の言葉について詳しく書かれてありますので、ほぼ全文を以下に記します。

1月27日に頂いたメール:

私はシャーロック・ホームズ関連のページを持っている者で、 HOUND-Lというホームズ関連ではかなり大きな(興味のない 方からみれば非常にマニアックな)メーリング・リストの(ほとんど 読んでいるだけの)メンバーです。

貴ページを見せていただき、義膝蓋骨についての記述を読み ました。これは偶然にも数ヶ月前に、私がそのリストに質問を送り、 エキスパートのメンバーの方々から回答をいただいており ましたものと同じ疑問でしたので、何かお役に立てば、と思った 次第です。

二人のメンバーの方から頂いた回答をそのままコピーいたし ましたが、どちらもとても博識な、シャーロキアンとして長い キャリアがある方です。

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In modern times, "artificial knee-caps" would be artifical devices intended to replace the human patella. However, such surgery was not possible in Victorian times, and back then "artificial knee-caps" were pads or guards worn over the knees of persons who performed tasks such as washing floors and similar activities which involved kneeling.

(北村の大雑把な訳)"artificial knee-caps"という言葉は人間の膝蓋骨の代わりとなる物のようだが、ビクトリア時代にはそのような外科手術は不可能だった。当時の"artificial knee-caps"は、床掃除など床に膝をついて仕事をする人のための膝パッドだった。

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As Steve Clarkson mentioned, the phrase probably meant a pad for the knees of someone who worked on their hands and knees, but I have seen a reference to artificial knee-caps (knee-pads, that is) also being used for horses and ponies in Victorian England. It seems that many of the coal mines in England the ponies would sometimes fall to their knees while pulling their loads htrough the long narrow tunnels. It was also possible for horses pulling loads through the streets to fall. In those days, once a horse broke its leg, it was usually killed, so many owners were concerned enough about their investment in their animals that they took the precaution of padding their knees to protect them from injury.

(北村の大雑把な訳)上記の説と別に、"artificial knee-caps"がビクトリア時代において馬やポニーに対して使われたという記述を見たことがある。イギリスの多くの炭鉱では、長く狭いトンネルの中で荷をひいていたポニーが膝から転ぶことが時々あり、同様に馬が道で転ぶこともあった。そのため馬の怪我を危惧した持ち主たちは、怪我を防ぐため予め馬の膝にパッドをつけるようになった。

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ちなみに、このことがリストで話題になりましたら、他の非英語圏 のメンバーも、同じ意味の誤訳がある、と報告していました。 確か、ドイツ語だったかと思います。

1月28日に追加で頂いたメール:

言い忘れておりましたが、お送りした解説の前半はSteve Clarkson さん、後半はWilliam W. Ballewさんからのものです。 なお、スティーブさん(ルーズベルト大統領やエラリー・クイーン、 アシモフなども会員だったことで知られるシャーロキアン団体、 ベイカー・ストリート・イレギュラースの30年来の正会員でいらっ しゃる方です)から次のような追加の説明も頂いておりますので、 付け加えておきます。

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"artificial knee-caps"がもし現代の文章の中で使われているので あれば、人工の膝のお皿、というように解釈して不自然ではない。 しかし、ヴィクトリア時代のイギリスには、そのような外科手術の 技術は存在しなかったし、今のような義足や義手というものも なかった。(木の義足"peg-legs"はあったが ) 正典を他の言語に翻訳する場合には、その他の多くの事柄と 同時に、正典が書かれた当時の医学技術の水準も考慮しなけれ ばならないだろう。

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ホームズ物語の翻訳は数多いのですが、中にはこの義膝蓋骨 のように、何人もの翻訳家が同じ誤訳をしている、というものも あるようです。

以上、非常に興味深く読みました。最後のスティーブさんの言葉には肯かされます。

それにしても、シャーロキアンで三十年というところがまたすごい。趣味とは斯くありたいものです。

(2001年1月27日)

北村曉 kits@akatsukinishisu.net