宇宙探険家、ミュンヒハウゼン氏記す――
伝え聞く処に依ると、&$!*星系のQという惑星には、赤道の上を常に走り続けている男が居るという。山があれば登り、谷があれば跳び越し、海があれば泳ぎ、休みも寝もせず走るのだそうだ。
そんな者がもし本当にいるのなら莫迦げた体力の持ち主と言えよう。私にこの話をした者も御伽話だと考えていた様だが、たとえ伝説に過ぎなくても、調べる価値はありそうだ。
私はQへ飛んだ。
赤道付近の荒野の中に、遊牧民族のキャンプらしきものを見つけてその近くに降り、住民達に「赤道を走る男」について訊ねた。すると直ぐに「奴ならあの辺りを走っているだろう」という答えが返ってきた。彼は実在の人物なのか? 取り敢えず私はバイクを駆って住民が示した方向へ向かった。
一時間程で走る男が見つかった。私は彼の横に並んだ。
「ハロー」
声をかけても走りは止めない。
「貴方は赤道を休みもせず走り続けていると聞きますが?」
「然り。もう三十年(註:地球年に換算済み)になる」
「そんなに走って疲れないですか?」
「疲れなど無い。走りは儂の日常であり、使命である」
「その、貴方が走る理由を是非訊きたいのですが」
「Qを回すため」
男ははっきりそう言った。
「は?」
「汝の眼には、儂がこのQの周りを走っていると映るだろうが、それは誤りなり。儂は止まっており、儂が地面を蹴るから、Qは回るのだ」
「…………」
途方も無い答えに言葉も出なかった。
しかし考えてみると、Qの自転周期というのはかなり長い。Qの自転周期と赤道半径を思い出し、ざっと暗算してみると、確かに赤道での自転速度は今走っている速さと同じ位だった。
とは言え、とても信じられる話ではない。
私は老人の傍を走りながら、「今この男を転ばして止めたら、どんな反応をするかな?」と子供の悪戯じみた想像を巡らした。
そんな思いが通じたのか、男は石に躓いて転んだ。
「わあ!」
叫んだのは私だった。突然バイクから投げ出されたのだ。
幸い大した怪我は無かったが、辺りでは天変地異が起きていた。空では雲が渦を巻き、大地は揺れに揺れる。植物は全て(後方に)倒れ、山は崩れつつある。
男は脚を痛めたのか、苦しそうに呻いている。私のバイクは火を吹いていた。
(えらい事になってしまった……)
そんな訳で、私は男の代わりに、暫くの間赤道を走る羽目になったのだった。■
北村曉 kits@akatsukinishisu.net